江戸時代の城下町では草履(ぞうり)が普段履きでした。
一方、遠路を旅するときは、普段の草履よりも丈夫な履き物を使っていたそうです。それは今でいう靴下と草履を合わせたようなもので、山道を歩くときはさらに虫除けがついたものを用意する旅人もいたようです。昔の旅がほとんど徒歩だったことを思えば、旅には旅用の履き物を用意したのでしょう。
それが転じて「状況によって履き物(靴)を替えられる人」とは、つまり「臨機応変な対応ができる人」を指すようになったという説があります。「おしゃれは足元から」とか「靴にこだわる人こそ本当のおしゃれ」といった俗言もこの説に由来するものかもしれません。たしかに「足元」は、全体に占める分量が少ない割には人目を引く部分です。足元にはその人のセンスが凝縮されるのでしょうか。
また禅宗には「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」という言葉があります。その意味は「足元に気を付けよ」。自己反省、または日常生活の直視を促す語だそうです。「足元」は、実にさまざまな意味を含み持つ言葉です。「立っている足の下」という意味はもちろん、「縁の下や土台」「履き物」も足元といいます。さらには「身辺」「足取り」「弱点」「足がかり」「足場」など今、置かれている状況も「足元」という言葉で比喩的に表現されます。「あの人は地に足がついた人だ」とか「人の足元を見る」などの言い回しがありますが、足元は無言のうちに「人となり」も物語っているようです。どんなに高価な靴を履いていても、その靴が泥やホコリで汚れていては、靴どころか本人の品格まで台無しです。逆に、多少くたびれた靴でも手入れが行き届いていれば、愛用品を大事にする心持ちが好感を呼ぶでしょう。足元には本質が見え隠れします。
人の足元を見た商売はなかなかうまくいきません。日常を直視して、変化をいとわず、状況によって履き物を替えながら足場を固めていく。明日、何が起こっても不思議ではない今の時代には、地に足のついた商売こそが王道ではないかと思います。
松橋丈雄(税理士・長野市)
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